今月の市町村


2013年のカレンダーも4分の1が過ぎて、いよいよ2013年度の幕開けを迎えました!
ここのところ毎年書いていることかも知れませんが、自分は新年を迎える時よりも新年度を迎える時の方が、
気持ちがいつもにも増して引き締まって自然と背筋までぴんと伸びるような思いなんですね!
入社式や入学式、そして市制施行や大きな制度が切り替わるのもこの時期ならではのことですよね!
中には、これまで長年住み慣れた地を離れて、新しい地での生活に切り替わるなんて方もきっと少なくないでしょう。
昔からラジオが好きな自分にとって、長年親しんできた番組が終わってしまう瞬間に出くわしたとき、何とも言えない寂しさみたいなものを感じてしまいますが、
同時に新しい番組に出会った時のフレッシュ間を味わえるのも楽しみの一つだったりします!
皆さんは、どんな「新年度」を迎えましたか?


 

さて、来月の5月でこのページがめでたく10周年を迎えますが、同時にこのコーナーも10周年に突入しようとしています☆
この10年の間に取り上げた市町村の数は、なんと120市町村以上にものぼるんですよ♪いやぁー、自分でもびっくりしています!
 NACKN そして、自分にこの名前を付けてもらってから、早くも今年でまる6年になりました。
 AMATY そうそう、これも忘れちゃいけない項目だね!NACKN自身が一番気に入っているって言っていたもんね☆
 NACKN そうなんだよ、この「Amatiasの玉手箱」が開設されてからずっとレポーターを担当してきたけれど、
4年くらいは謎のレポーターとか影の存在なんていうかなり悲しい名前が付いていたんだけれど、このページの読者の一人にNACKNという名前を付けてもらって以来、
一気に雲ひとつ無い快晴となったことは言うまでもありませんね♪
 AMATY なんだぁ、最近天気予報みたいな表現に変わってきたね☆街のレポートだけじゃ物足りず、
ひょっとしてウェザーリポーター進出を狙っているとか?
 NACKN いやいやそんなとんでもない!!自分は街のレポートの方が好きだから、これからもいろいろな街の魅力を伝えていきたいな!
あでも、今日は4月1日だから、ウェザーレポートに転向するとか言っても良かったかもな!
 AMATY ありゃー、かなりタイミングを逃しましたね!(汗)
ということで、今回のこのコラムでは久々に東京都の多摩地区へ出向いてみようと思います。
様々な顔を持つと言われている国立市を取り上げてみることにしましょう☆
 NACKN お、国立市かぁ。前にも行ったことがあるけれど、本当に自然豊かなところだったよ!
新宿駅から中央線の快速に乗れば、国立駅まで行かれるね♪
 AMATY そうだね、これ中央特別快速(通称「トッカイ」)に乗ってしまうと通過してしまうから、そこは注意しないといけないね!
 NACKN 自分もかつてやってしまったことがあるよ!あれれ?前に来た時と、駅の雰囲気がぜんぜん違うなぁ。いつの間にこんなに新しく生まれ変わっちゃったんだろう?


 

国立市はどんな所だろう?


 国立市は、東京都の中央部に位置している緑豊かな学園都市なんだよ!
河川の中・下流域の道に沿って階段状に形成される地形のことを「河岸段丘(かがんだんきゅう)」って言うんだけれど、
この市はそんな河岸段丘上に位置していると言ってもいいでしょう☆
中央線の国立駅から南武線の谷保駅まで真直ぐ伸びている「大学通り(通称)」は、市のシンボルともなっていて、
季節ごとに様々な花が咲き乱れ新旧の中心地を結んでいるところでもあるんだよ☆
また、国立市の面積は8.15KMと全国で4番目に小さい市なんだって!
東京都でも狛江市に次いで2番目に小さい市なんだけれど、昔からの自然環境を生かしながら
学園都市構想が大正時代に持ち上がったと言うから、すごいよね!!


 

そういえば、一橋大学って名前をよく聞くけれど、あれは国立市が所在地だったんだね☆ところで、この国立という名前がどうして付けられたんだろう?


 ここのところ、同じようなことを聞くんでもバリエーションがどんどん増えてきたね!(笑い)って、一言多かったですねm(__)m(苦笑)
ということで、今回はこの名前が生まれた大正時代までタイムスリップしてみよう!!
1926(大正15)年に、現在の株式会社プリンスホテル(当時の箱根土地株式会社)が一橋大学(ひとつばし大学)を中心にした学園都市構想が始まったんだけれど、
それに伴って中央線に新しい駅を開設することになったんだって。
この頃はこの辺りは谷保村という村だったんだけれど、当時の中央線は国分寺駅の次が立川駅で、
その真ん中に当たるこの場所に新しい駅を開設する際に両方の駅から一文字ずつ取って国立駅という名前になったんだよ!
「この地から新しい国が立つ」という思いが込められた案としてもすぐに受け入れられて、
1951(昭和26)年には谷保村が国立町となって、町名としても正式に使われるようになったみたいだよ☆
ちなみに、国立が町から市へと昇格したのは、それから16年後の1967(昭和42)年の1月1日からだよ!


 

私自身、当時この国立市の名前の由来を聞いたときそれはてっきり冗談だと思い込んでいたんだけれど、
本当に国分寺と立川の間だから国立と付いたという事実を知ってかなり衝撃的だったことを、今でも覚えているよ!


 

いやいやぁ、私も冗談だと思っていた一人でした。それが本当のことだったとはね!それはそうと、当時は農業も盛んだったとか?


 あら、いきなり質問の方向性を変えてきましたね☆
確かに当時は学園都市構想と平行するような形で、農業も盛んだったけれど、その名残は現在でも引き継がれているんだよ☆
市内には130軒近くの生産農家が今でも残っていて、トマトになすそれにほうれん草や小松菜といった野菜が作られていて、
市の特産として知られているよ!それに、期間限定ではあるけれど新鮮なトウモロコシのもぎ取りも体験することができるんだって!(@@)


 

それに、もう一つの特産でもある多摩川梨(たまがわなし)は市内のみならず東京の多摩地区でもよく知られた名産品なんだよ!
私もかなり昔に梨狩りに行ったことがあったけれど、国立は梨農園も多いことでも有名みたいよ!


 

さらに、アサガオの栽培にも力を入れていて、市内で開かれる数々の祭事の中に「朝顔市」というのがあるけれど、
各農家のアサガオが一同に終結して特産のアサガオを売り出すというお祭りなんだよ☆
同時に、市内の大学も競うようにして町のカラーを生かした思考を凝らした学園祭も行われていて、
ここにも自然都市と学園都市のカラーがうまく調和し合っていると言えるね!♪


 

文教と自然の豊かさを現代に受け継ぐ都市、国立市。
ところで、この「国立」という漢字は「クニタチ」とも「コクリツ」とも読むところから、幾度となく誤記や誤解が生じるとも言われています。
その一例として、同市内にある「国立音楽大学」を国立の大学だと思い込んでいたという人たちが少なからず居るそうですよ。
自分もごたぶんに漏れず、昔はそう思い込んでいた一人ですが(汗)、この読み方は「コクリツ音楽大学」では無く、
「クニタチ音楽大学」のことですよ!
国立市に関する詳しい内容は、国立市ホームページ へどうぞ。
各分野ごとにすぐに情報を得ることができる、非常に分かりやすい構成のページですよ☆



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